聖徳太子垂髪の御影

「聖徳太子御影」(正面向き垂髪太子) 

「聖徳太子御影」(正面向き垂髪太子)

絹本著色  縦60.0cm  横30.5cm

 

 輪の形にした紐を耳につけ、左右に分けた頭髪を体の前に長く垂らしており、袍の上に遠山袈裟と横袍をつけて正面を向いて立っているので、「正面向き垂髪太子像」と呼ばれる。

 

 平松令三氏が、「真宗重宝聚英」第七巻のなかで、この像について書いておられるので、これを要約して紹介しておきたい。
1、袍の上に遠山袈裟と横袍をつけて正面を向いて立っており、六人の侍者を従える「垂髪太子像」とまったく同じである。
2、台座は、本願寺が末寺へ下付する時の、斜め右向きの孝養太子像と同じく、装飾を施した方形の二重框座である。

3、右手に笏を、左手に柄香炉を侍っているのは、三河に多い木像の太子像と同じであるが、絵像にはこの形の太子像は比較的少ない。
4、しかも、侍者を従えず太子単独のものは、他に知られていない。

5、袍の色を黄味がかった赤色にしているのは、皇太子のみに許された黄丹の色を表現しようとしたものであり、袍に金泥で輪宝を散らしているのも、聖徳太子の業績にふさわしい装飾を意図した画工の工夫であろう。

6、製作年代は、像のプロポーションは室町時代的であるが、垂髪太子像に附随する中世的な泥臭さが整理されて、近世的な感覚で描かれており、彩色の色調も近世的であるので、近世初頭の作であろう。

 

 この「正面向き垂髪太子像」は、明治九年に石川舜台によって出された「証券長命寺住物」に、『聖徳太子尊像 祖師時代一幅』とある聖徳太子像と同一で、長く親鸞時代のものと伝えられてきたとのことである。
「垂髪太子像」としても、侍者を従えず太子単独の絵像で珍しいものである。私見では、室町様式の特徴をもつものと考えられるが、この像の制作年代については、今後も深長な研究が行われる必要があろう。この絵像が当寺に伝来した事情は不明である。